ワラウクルミ

世界中で知られている格闘ゲーム・プロゲーマー『梅原大吾』

梅原大吾

あなたは『The Beast(野獣)』の異名を持つプロゲーマー『梅原大吾(うめはらだいご)』をご存じだろうか?

プロゲーマーとは、ゲームをすることで報酬を得る人たちのことで、ここ最近、人気が急上昇している職業です。しかし、それが非常に厳しい世界だと言うことは皆さんも想像に難くないはず。

梅原は、その世界の日本の第一人者として活躍し続ける格闘ゲームのトッププレーヤーであり、世界中でその名を知られています。さらに、彼のゲームや人生に対する考え方が色々な形で多くの人に影響を与え続けています。

今回は、梅原大吾さんについて話していこうと思います。

thumbnail photo by Red Bull Esports

17歳で『ストⅡ』の世界一になったものの…

1981年5月19日、梅原大吾は青森県で生まれました。

1986年、梅原が5歳の時にファミコンを始めます。それが梅原にとって人生で初めてのビデオゲームでした。

1991年、梅原が10歳の時に、アーケードゲーム(ゲームセンターなどに置いてある業務用ゲーム機)として登場した対戦型格闘ゲーム『ストリートファイターⅡ』が爆発的な人気を呼び、梅原はそれにのめり込みました。

アーケードゲームphoto by Joey

1994年には、『スーパーストリートファイターII X』が稼働され、梅原の格闘ゲームの才能が開花し始めます。

そして、1998年10月18日17歳の梅原は、東京ゲームショウ’98秋のカプコンブースにて行われた「ストリートファイターZERO3 全国大会」で優勝

翌月の11月8日にサンフランシスコで行われた日米決戦「STREET FIGHTER ALPHA3 WORLD CHAMPIONSHIP」において、全米大会優勝者のアレックス・ヴァイエイとの対戦を見事勝利し、世界一となりました。

ストリート・ファイターphoto by Tatiana T

この大会模様は、テレビ東京系列の深夜番組で放映されました。

当然、梅原はこのことで「先の見えない自分の人生に何か変化が訪れるんじゃないか」と考えていました。しかし、帰国後の彼のゲーム環境は依然とまったく変ることなく、相変わらず『お遊びとしてのビデオゲーム』の域を出なかったのです。

彼は、このことにひどく落胆し、「所詮ゲームはゲームなのか」と自分のゲームに対する未来像を見失ったそうです。世界一を取ったにもかかわらず、まったく評価されないという現実・・・・・・相当がっかりしたでしょうね(-_-;)

世界的伝説となった『背水の逆転劇』

ストリート・ファイターphoto by Streek16

しかし、好きなことをそう簡単に諦めることができなかった梅原は、2000年『CAPCOM VS. SNK MILLENNIUM FIGHT 2000』の全国大会に出場し、ここでも優勝を果たし、カプコンオフィシャルの全国大会で3連覇を達成。

2003年には、日本の『闘劇』とアメリカの『Evolution』という、両国を代表する対戦型格闘ゲームの大会に出場し、複数のゲームにおいて優勝を果しています。この頃には、梅原の強さが世界的に知られており、出場したほとんどのゲームにおいて優勝候補、人気カードとなっていました。

2004年、梅原が23歳の時に再度アメリカのEvolution大会に出場。『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』の準決勝で全米No,1プレーヤー『ジャスティン・ウォン』と対戦した梅原は、その後の格闘ゲーム史に『背水の逆転劇』として語り継がれることになるプレーをするのです。

1対1で迎えた第3試合。左の男性キャラ『ケン』を操る梅原は、ウォンの操る右の女性キャラ『春麗』にぎりぎりまでライフを削られます。

たとえガードしたとしても負けてしまう絶体絶命の状況で、ウォンは春麗のスーパーアーツ「鳳翼扇」で梅原を確実に仕留めにかかります。

しかし、梅原は当時、このゲームの中であまり知られていなかった超高難易度の『ブロッキング』というテクニックを使って、春麗の繰り出すキックをすべて無効化し、そしてカウンターをのコンボを決め逆転勝利するのです。

猛烈な歓声に湧く会場。

それもそのはず。このブロッキングというテクニックは、60分の1秒以内にコマンドを入力することで発動させることができ、しかもそれを連続でやってのけ、さらにその隙を見逃すことなく完璧なカウンターを決めたのですから。

この試合は、格闘ゲーム界の中で今でも語り継がれている伝説となっています。

しかし、この大会以降、梅原は格闘ゲーム界の表舞台から姿を消します。

この大会に出場する前から、例え勝っても負けても今後ビデオゲームと関わるのは最後にしよう、と決めて望んだ大会だったのです。

このとき梅原も23歳になっており、周りの友人たちも職に就き始め、自分だけがいつまでも結果の出ない世界に囚われ続けるわけにはいかないと思っていたのです。

道に迷った末、再びゲームの世界へ

そして、梅原は同じ勝負の世界でもプロのいる『プロ雀士』を目指し始めます。

雀荘で働きながら、毎日麻雀に明け暮れる日々。始めた当初は、とんでもなく下手だったようですが、3年たつ頃にはかなりの腕前になっていたようです。しかし2007年、26歳の梅原はこの道をすぱっとやめ、介護の仕事に就きます。

そして、2009年、梅原が28歳の時に、彼の友人が「久しぶりにゲームでもやってみない?」と梅原を誘い、その年に稼働を開始した『ストリートファイターIV』をプレーし始めます。ブランクがあるにもかかわらず、稼働直後から彼の勝率は90%以上だったそうです。

ストリートファイターⅣphoto by LG전자

梅原がまた格闘ゲームの世界に戻ってきたという噂は、瞬く間に広まりました。

2009年4月18日、アメリカのサンフランシスコで開催された『ストリートファイターIV』の全米選手権の決勝大会「GameStop STREET FIGHTERS IV NationalTournament Finals」に梅原は招待され、名だたるトッププレーヤーをなぎ倒し見事優勝してしまうのです。

この大会の直後、梅原は、アメリカの大手周辺機器メーカー「Mad Catz」から「もし生活面の問題があってゲームに集中できないのであれば、我々が支援しましょう」と声をかけてもらいスポンサー契約を結びます。

これで梅原は、日本人として初めてプロゲーマーとなったのです。

2009年7月19日にアメリカのラスベガスで開催された「Evolution Champinship Series 2009 Finals」の『ストリートファイターIV』部門でまたも優勝

2010年8月世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマーとして、ギネス・ワールド・レコーズに認定されました。

ちなみにこちらは梅原のストⅣ講座・・・・・・カタカタンッ!・・・・・・なるほど、ふむふむ・・・・・・これは、どう考えてもほとんどの人が真似できないですね(笑)

ゲームだけでなく多方面で活躍

梅原は、現在もプロ格闘ゲーマーとして世界中の大会に出場するほか、ゲームの広報活動やゲームイベントの企画に携わっています。

梅原大吾photo by Andy L

梅原には現在、Amazonが提供するサービス『Twitch』や『レッドブル』などの大手スポンサーがついており、本なども出版。年収も2000万円前後、もしくはそれ以上ではないかと言われています。

それでも梅原は、毎日の練習を欠かしません。

しかし、闇雲にゲームをやり続けるのではなく、プレー中に気づいた点を携帯にメモし、自分に課題を与え続け、それを一つ一つクリアしていくのです。そうすることで、少しずつそれまで出来なかったことが出来るようになる。

梅原は、これを『60の喜び』と表現し、試合で勝つ『100の喜び』よりも人生に幸福感をもたらすと言っています。こういうことは、私たちの日常にも当てはめられそうですよね!

彼の言葉は、非常にわかりやすく、歯切れが良いので様々な場所で講演を行ったりもしています。慶応大学で行った講演も有名ですね◎

私も読んだ梅原の著書『勝ち続ける意志力』は、梅原の人生論がまるごと詰まっており、仕事で壁にぶつかっている人にはお勧めの本です!

彼は、少しでもゲームに疲れたと思ったらすぐに家を飛び出して1時間でも2時間でも散歩をするそうです。そうすることで悩んでいた箇所の解決方法を見いだすことが出来るとも話しています。

そのほかトレーニングジムにも通い、長時間のプレイに必要な体力と集中力を鍛えているそうです。これには、ゲーマーの不健康なイメージを向上させたい思いもあるといいます。

2018年3月には『リビング ザ ゲーム』というプロゲーマーを題材にしたドキュメンタリー映画にも出演しています。面白そうですね!

リビングザゲームphoto by リビング ザ ゲーム

私が語りきれなかった彼の魅力を彼自身の言葉でお聞き下さい!

ちなみに私のゲーム好きのアメリカ人の友達に、「Do you know Daigo?」と聞くと「Yeah, I know! The beast, right?」と即座に返事が返ってきました。愚問だったようですね(笑)

NHKの人気番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも出演したりと、活躍の場を広げる梅原大吾さんにこれからも期待です!

最後に梅原さんのためになるお言葉を!!

「“好き”と思う気持ちが最強の才能でしょうね。それに比べれば要領の良しあしなんて、たいした問題じゃない。

僕は幼い頃から、“ゲームが好き”という気持ちは誰にも負けなかった。

今もその初期衝動を持ち続けているから、強くなり続けることができるんだと思います」

文章引用:東洋経済

                              

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